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イントロ

「どこでどうして雨が降るのか?」.

熱帯域の理想的な降雨分布を明らかにするために「水惑星」と呼ばれる 地球の表面を全て水で覆った仮想的な地球のモデルを用いた一連の研究が ある. 複雑な地球大気の動きを理解するためには, このより単純な枠組で 考えることが有効である.

水惑星を用いた最初の研究に Hayashi and Sumi (1986) がある. 彼らは, 東西一様南北対称な SST 分布を持つ 3 次元水惑星モデルを 用いて, 東西に一様なあるいは東西に一定の振幅を持つ熱帯域に固有な 3 つのタイプの降雨パターンを再現した. スーパークラスター, MJO( Madden-Julian Oscillation)およびダブル ITCZ(InterTropical Convergence zone) である.

現実地球上の降雨分布は東西に一様でも東西に一定振幅を持って変動して もいない. 現実地球の非一様な境界条件たとえば海陸分布および海面温度分布が 東西に非対称な降雨パターンをもたらしている. しかしながらどの非一様な境界条件がどの非一様な降雨パターンを もたらすのかを理解することは簡単なことではない. このことの理解が難しい理由は, ある場所の降雨量がその場の表面境界 条件にだけ影響されるだけではなく離れた場所の降雨(熱源)によっても 遠隔的に影響を受けるからである.

東西に非対称な境界条件として赤道上に暖水域を置いた実験が Hosaka et. al. (1998) である. 彼らは東西に一様な SST に赤道に中心を持つ局在する暖水域を設け, その熱帯大気の応答を調べた. 高水温域上では活発な降水活動, いわゆる対流中心が発生する. この対流中心での降雨活動に伴って発生する熱が熱源となって熱帯 全域の降雨分布がどのようなパターンを形成するかが調べられた. 現実地球にはこのような対流中心が 3 つ存在する. 海大陸(Martime continent=インドネシアから西太平洋上), アフリカ, アマゾンである. これらの影響は実際には重なりあっているのであるが, 彼らの局在 する暖水域はこれらの対流中心の内の一つを切り出したものとなる. この実験の結果, 暖水域上に現れる対流中心に対して, 東側の広範 な領域では降水量が増加し, 西側では降水量が減少するという傾向が あることが見出された.

なぜ対流中心の東西に非対称な応答が現れるのか? 計算結果によれば暖水域の東側では低圧偏差が広がっていた. 低圧偏差域では下層で摩擦収束による水蒸気フラックスの収束 が起こり対流活動が増強されると Hosaka et al. は推察している. 一方, 暖水域の西側では高圧偏差領域が広がっており, 降水の減少 と対応していた. ところが浅水流体における熱源応答問題の結果(Gill, 1980; Heckley and Gill, 1984)から類推すると, 暖水域から東へはケルビン波, 西へはロスビー波として低圧偏差が伝播し, 暖水域の西側でも降水が増加 していなければならないはずなのである.

この矛盾がどのように生じたかを調べるためには, 暖水域の導入の後で 降水分布や気圧の偏差がどのような経過で確立していくかを観察する 必要がある. しかし個々の降水活動は小規模かつ短寿命でランダムに発生しており, これらによって起こるノイズが時間発展の詳細を覆い隠してしまうので その観察は容易ではない. また, 熱帯大気には季節内振動と呼ばれる グローバルかつ数十日を周期に持つ伝播性の変動が存在しており( Madden and Julian, 1972; Hayashi and Sumi, 1986), 暖水域導入時に おける季節内変動の位相(例えば下層風収束の極大がどの経度にあったか) によって, その後の応答が影響をうける可能性がある(Hosaka et al. 1998).

ランダムな降水活動によって生じるノイズおよび季節内変動の影響を 除去して暖水域導入後の時間発展を明確に抽出するために Toyoda et al. (1999) はアンサンブル実験の手法を用いた. 同一境界条件のもとで異なる初期条件から始めた多数の実験を行い その結果を平均することにより降水活動によるランダムなノイズおよび 季節内変動の影響を除去することにかなり成功した. 暖水域に対する惑星スケールの大気の応答は暖水域導入後 10 日から 20 日の時間スケールで形成される.

本論文では赤道の暖水域の導入に対する熱帯大気の東西非対称な応答 について, 暖水域の無い場合と赤道に置いた場合と北緯 10 度に置い た場合についての長時間平均構造を比較することにより理解する. さらに Toyoda et al. によって算出された 128 試行のアンサンブル データの再解析を行なうことで, 暖水域導入後の熱帯大気の時間発展 をより詳しく描写することを目指す.